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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2805号 判決 1979年4月17日

控訴人

有限会社

大久保組

右代表者

大久保弟次

控訴人

大久保弟次

右両名訴訟代理人

木原四郎

被控訴人

菊池大輔

右訴訟代理人

細田初男

主文

1  控訴人有限会社大久保組の控訴を棄却する。

2  原判決中控訴人大久保弟次に関する部分を取消す。

被控訴人の控訴人大久保弟次に対する請求を棄却する。

3  被控訴人と、控訴人有限会社大久保組との間の控訴費用は同控訴人の負担とし、控訴人大久保弟次との間に生じた訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴会社が土木請負業を営み、控訴人大久保がその取締役として経営に従事していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、被控訴人は本件設計図書を完成した昭和四九年二月一〇日ころ一級建築士であつたことが認められる。

二本件各委託契約の成立の点について判断する。

1  控訴会社が昭和四九年一月一五日被控訴人に対し、ウインザツプの倉庫建築のための積算を報酬金一八万円で委託したことは当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  建築設計委託については、原則として契約書を作成し契約が成立したことを確定した上設計作業に入るべきところ、多くの場合建築主がまず相談に来た際種々これに応じ若干の図面をも作成し、建築主の用意できる資金をも考慮した上、建築主があらためて設計委託する旨意思表示したときに契約が成立したものと取扱うのが慣行であり、右相談はかなり進んだ場合でも基本設計までであつて、契約が成立しないのに実施設計をすることはないということ及びその契約成立の際に文書を作成せず、また、報酬手附金を援受しない事例も相当数あること。

(二)  被控訴人の職員大野は昭和四八年七月下旬ころ控訴会社代表者から、埼玉県入間郡鶴ケ島町上広谷四〇番地の三宅地の一部西側部分に一階控訴会社事務所、二階控訴人大久保の実姉萩原宅、三階アパート(隣接ビル)のうち、一、二階部分についての内部設計を変更する設計の委託を受け、控訴会社がこれに対し通常と同程度の報酬を支払うことを約定したこと。

(三)  そこで、右大野はそのころ控訴会社代表者宅に赴いたところ同人から、さらに、右隣接ビル東側に地下一階駐車場、一階店舗、二階貸事務所、三ないし五階共同住宅の雑居ビルを建築したい旨の相談を受け、とりあえず、右敷地の測量を委託され、同年八月中旬測量技士を同伴して現地に赴き、控訴会社代表者から境界の指示を受けてこれを測量した。その際これと同時に同人と、建物の建蔽率、構造、建築費などについても相談し、その敷地については、訴外大野から控訴会社希望の建物を建てるには狭いことを説明したところ控訴会社代表者から隣接ビル敷地予定地の一部を削つてこれに組み入れるよう言われ、敷地を再実測することとなり、構造も収容能力、建築費などの点から地下駐車場をやめて敷地の一部に駐車場をもうけることとし、両建物の関係も図面に記載した。しかし、隣接ビルについては、控訴会社がすでに堀尾建設に対しその設計監理を委託していたので、東隣の本件建物についてのみ設計の相談をすることとし、右大野が控訴会社代表者とその自宅などでそのころ数回にわたり深夜に及ぶまで、建物の外観、外装、室数、配置、資材、その他設計に必要な事項の協議を重ね、同年一〇月中旬ころにいたり漸く、本件建物の構造は一階店舗、二階事務所、三ないし五階共同住宅、鉄筋コンクリート陸屋根で、建築資金は約一億とし、本件建物と隣接ビルとは二棟のビルではあるが外観上一棟であるように両者の構造をそろえることとする旨その大綱が確定した。そこで、控訴会社代表者がそのころ被控訴人に対し、右協議に従い本件建物の設計をして欲しい旨及びその報酬は一般の例に従い支払う旨意思表示したが、その際手附金の支払は行われなかつた。

(四)  被控訴人は控訴会社との間に設計委託契約についての文書を作成しなかつたが、それは、本件建物の設計以外にもそのころ控訴会社から前記1のほか一件の設計委託を受けた際も契約書を作成せず口頭で約束したのに止まり、また、そのころ控訴会社代表者から今後設計の点で控訴会社の事業に継続的に協力して欲しい旨述べられてこれを承諾していたこと、さらには本件建物敷地が控訴会社所有である旨の登記簿謄本を見せられ控訴人大久保も個人として資産を相当有していることを聞き、報酬支払につき紛争を生じないであろうと考えていたことなどの理由によるものであること。

(五)  被控訴人の職員大野は昭和四九年一月一五日ころ控訴会社代表者に対し、一級建築士である被控訴人の指示監督の下に作成した本件設計図書(基本設計、構造設計、構造計算、電気設計、意匠図、構造図、変更図など)を持参して引渡したところ、同人から早急に建築確認申請をするように委任された。ところが本件建物は当初の設計では建物の全体の高さが一六メートルで埼玉県の中高層建築物に関する指導要綱によると、日照に影響のある附近住民と協議し紛争を生じないようにする必要があり、控訴会社代表者はその協議ができる見通しである旨述べていたので、被控訴人は同年同月下旬ころその協議に必要な日影図を作成した。しかし、控訴会社代表者はその後被控訴人に対し、右附近住民との協議が困難となつたので協議の不要な高度である一五メートル以下にその設計の一部を変更するよう申出で、被控訴人は同年二月四日ころまでに各階の高さを一〇ないし一五センチメートル低く修正した。ところで、控訴会社はその建築資金の大部分を銀行等からの融資に期待していたが、同年二月四日ころ石油シヨツクによる融資規制のためこれを借受けることができなくなつた。そこで、控訴会社代表者はそのころ被控訴人に対し建築確認申請を待つように連絡し、同年五月ころ建築を中止する旨述べるにいたつた。そこで、被控訴人はそのころ控訴会社に対し、本件建物の設計報酬を請求したところ、控訴会社はこれが支払を拒絶するにいたつた。

以上のとおり認定することができる。右認定に反し控訴人らの主張に沿う<証拠>についてみるのに、控訴会社代表者は被控訴人職員大野と建物(その構造が三階であるか五階であるかは暫くおく)の設計に関し数回協議をし、敷地の測量をさせ、当初建築の資金は銀行から融資を受ける予定のところ借受ができなくなつたため建築を中止して設計委託契約を解除したが、それまでの設計報酬としては金一〇〇万円が相当でその限度であれば支払うと述べており、その趣旨は隣接ビルの前記1の内部設計変更ばかりでなく本件建物の設計を委託したがその構造は三階建であり被控訴人が本件設計図書に表示した五階建ではないとするに帰するものとみられる。しかし、ビルの設計にあたつて三階建であるか五階建であるかは最も基本的な問題であり、前記認定の建築相談の段階ですでに解決された問題というべく、本件においてはその実施設計に入りこれを完了しているのであるから、被控訴人の本件設計図書が控訴会社の意思を無視し五階建として設計したとするのは合理的ではなく、結局、前記控訴会社代表者兼本人尋問の結果は信用することができない。

3(一)  右認定2(二)の事実によると、被控訴人は昭和四八年七月下旬ころ控訴会社から隣接ビル一、二階の内部設計の委託を受けたことが明らかである。被控訴人がそのころ一級建築士の資格を有していたか否かは証拠上明らかでないが、右の建築士法第三条もしくは第三条の二に該当しないから、この点は契約の効力になんらの影響はない。

(二)  被控訴人と控訴会社間の本件建物の設計委託についてはその契約の成立を証すべき契約書が作成されておらず、報酬の手附金も支払つていないことは右認定のとおりであるが、右認定(一)のような設計委託に関する慣行のもとで、右認定(四)の事情から契約書を作成しなかつたことも首肯できるので、契約書を作成せず手附金の支払がなかつたことは、当事者間に設計委託契約が成立したと認定する妨げとなるものではなく、右認定(五)の事後の事情をも合せ考えると、右認定(三)の経緯のとおり、控訴会社が当初被控訴人に対し本件建物の設計について相談し被控訴人の職員大野と協議を重ねていた段階ではまだ設計委託が成立したものとはいえないが、建物の敷地につき建蔽率を考慮の上具体的にその範囲が特定された後双方協議の結果、本件建物の基本的な目的、構造につき、鉄筋コンクリート陸屋根五階建、一階店舗、二階事務所、三階ないし五階共同住宅とし、その室数、配置、外観等がほぼ確定し、控訴会社が被控訴人に対しこれに基づいて設計して欲しい旨意思表示した昭和四八年一〇月ころにはその設計委託契約が成立したものと認めるのが相当である。なお、右契約の目的とされた建物は建築士法第三条第一項第二号に該当するので、自らその設計を行うことを前提として右建物の設計を受託するには原則として現に一級建築士の資格を有することが必要であると考えられるところ、被控訴人が右契約成立当時一級建築士の資格を有していたかどうかは証拠上明らかではないが、前認定のように被控訴人は本件設計図書を完成した昭和四九年二月一〇日ころには既に一級建築士として右設計をなす資格を有していたものであるから、仮りに被控訴人が契約の時点で右資格を有していなかつたとしても、右契約の効力に消長はないというべきである。

4  なお、建築設計委託契約の法律的性質について考えてみるのに、例えば比較的詳細な基本的な設計図面が既に完成しており、それに基づいて施工のために必要ないわゆる実施設計図面を作成することのみが委託された場合など、受託者に与えられた裁量の幅がとくに少く、受託者が何人であつても履行の結果に殆ど差異がないことが予定されているときはこれを請負契約的なものとして取扱うことが相当であるが、建築設計は設計者の創意工夫にまつところが大きいのが通常であるから、一般的にはこれをむしろ民法上の委任契約類似のものと考えるべきであり、本件においても、当事者間になされた建築設計契約を請負契約と解すべき特段の事情は認められないから、これを民法上の委任契約に準ずるものと解するのが相当である。

三設計の完成の有無及び報酬額について

1  <証拠>を総合すると、被控訴人は隣接ビル一、二階の内部設計委託に基づき昭和四九年二月四日ころまでに、受託事務の一部の履行として一階事務所、二階居宅の計画図二枚を作成して控訴会社に引渡したこと、右設計報酬として、被控訴人が金三万円を請求し、その額は右設計図面二枚程度の仕事に対する通常の設計報酬額と同程度であることが認められる。もつとも右契約は被控訴人が履行を全部完了しないうちに控訴会社から一方的に解除せられたものである(この点は弁論の全趣旨によつて明らかである。)が、右は民法第六四八条第三項の場合に該るということができるから、被控訴人は履行ずみの部分について報酬請求権を失うことはない。

2(一) 前記二2(五)認定の事実によると、被控訴人が控訴会社との間の本件建物設計委託に基づきその設計を完了し、本件設計図書を遅くても昭和四九年二月四日ころまでに控訴会社に引渡したものである。そして、控訴会社は種々の点を挙げて本件設計図書は未だ完成していないと抗争するので以下この点につき審究するが、(イ)工事費計算書はその性質上設計委託契約に含まれないものとみるべきところ、控訴会社が被控訴人に対し設計委託契約とは別異に委託したことを認めることのできる証拠はない。(ロ)本件設計図書に被控訴人の記名押印がないことは当事者間に争いがなく、この点では未だ完成されていないものといえるけれども、右記名、押印は必要に応じ即時に補完でき格別の労務を必要としないばかりか、前記認定によると、被控訴人が控訴会社から建築確認申請の委任を受けていたので申請の際その記名押印をすれば支障を生じないものであつたから、右未完成は報酬請求権を否定する程のものとはみられない。(ハ)附近住民の日照に関し紛争のない旨の建築同意書はもともと設計委託契約の内容をなすものということはできないからその添附を要しないばかりでなく、本件建物の高度は一五メートル以下に設計を変更したので所轄官庁にその書面を提出する必要さえないものである。(ニ)地質検査が設計委託契約に含まれるとする証拠はなく、弁論の全趣旨からみると、パイルの長さは直接影響がなく工事に際し決定すれば足りることが認められるから、その記載がなくても本件設計図書が完成したものというのを妨げない。(ホ)工事仕様書に都市ガス使用、給排水設備継手として亜鉛メツキ鋼管使用との記載があることは当事者間に争いがないが、配管が都市ガス使用の方が太いのでプロパンガス使用に転用できること、継手の種類については通常確認申請の際官庁より指定されることが多くそれに従つて訂正が可能であることが弁論の全趣旨から認められるから、右各記載をもつて設計未完成とすることはできない。(ヘ)本件建物の床面積が二階だけ他より多く記載されていることは当事者間に争いがないが、その床面積にはベランダ等の部分を含まないのでその記載となつたことが弁論の全趣旨から認められ、この点は設計完成の有無に影響がない。(ト)構造計算書中には「二―五階アパート、一階事務所」の記載があることは当事者間に争いがないが、本件設計図書中の構造計算書の他の記載からみると、その記載は誤りで、構造計算は「一階店舗、二階事務所、三階ないし五階共同住宅」として計算されていることが認められる。したがつて、以上の諸点ならびに弁論の全趣旨からみて、被控訴人は契約の本旨に従い、善良なる管理者の注意義務を用いて設計を完成し報酬請求権を取得したというのを妨げない。

(二) 前記二認定の事実によると、本件建物の設計報酬は設計士に設計を委託した場合の通常の報酬額であるところ、<証拠>を総合すると、被控訴人は昭和四九年五月一三日控訴会社に対し、本件建物の設計報酬として金二三七万四、〇〇〇円を請求したが、それは一部の請求であり、総額は金三四一万四、七五〇円であること、右額は日本建築士会連合会の建築士法による業務の報酬規程に基づいて算出した額よりも約金一〇〇万円程安いことが認められる。控訴会社は、本件建物の建築を中止した以上本件設計図書は実際上無価値に等しいというが、さきに認定したとおり、建築中止の責任はもつぱら控訴会社にありこのことをもつて報酬を免れまたは減額する事由とすることはできない。(ただし、一般に設計報酬には設計に基づく施工の監理の報酬も入るものというべきところ、本件ではその監理を免れるのでその分についての報酬支払義務はないが、その事情を考慮してもなお、右認定額をもつて報酬として相当というべきである。)

3 前記二1のウインザツプ倉庫建築のための積算が昭和四九年二月一〇日ころまでに完成の上その見積書の引渡を了し、その報酬額が金一八万円のところ現在の残額が金八万円であることは当事者間に争いがない。

4  したがつて、控訴会社は被控訴人に対し、前記1の隣接ビル内部設計につき金三万円、同2の本件建物設計につき金三四一万四、七五〇円、同3のウインザツプ倉庫建築のための積算につき金八万円、合計金三五二万四、七五〇円の各報酬金、及び、各履行遅滞後である昭和四九年二月一一日から支払済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである。

四被控訴人は、控訴人大久保が控訴会社の取締役として本訴請求の各設計委託契約に関与しながら、故意にその報酬支払を拒み、被控訴人に右報酬相当額の損害を被らせたので、有限会社法三〇条ノ三に基づき、控訴人大久保に対しその損害の賠償を求めると主張する。

そこで按ずるのに、法は会社が経済社会において重要な地位を占めていること、しかも会社の活動はその機関である取締役の職務執行に依存するものであることと、一方において社員の有限責任制の存することなどを考慮して、第三者保護の立場から、取締役において悪意または重大な過失により右義務に違反し、これによつて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であるとを問うことなく、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定したのであるから、有限会社法三〇条ノ三により第三者が取締役に対し直接損害の賠償を求める場合の要件は、一般の不法行為におけるのと異なるものというべきであり、右のような本条の制度目的からみると、第三者に損害が発生したとするには、第三者と会社との間にその取締役の関与した取引に関する債権関係が存在し、第三者が会社に対しその債権に基づき支払を求めたのに、会社の破産、私的整理、弁済資力の不足などにより、会社自体から債権の満足を受けられないことが確定したこと、または、将来その支払を受けることが客観的にいちぢるしく困難となつたことを要するものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被控訴人は控訴会社に対し、控訴人大久保が控訴会社の代表取締役として関与した前記各設計委託に基づく報酬請求権を有することは前記のとおりであるが、控訴会社の破産、私的整理などで右報酬請求権につき支払を受けられないとの事実が確定したものではないことは弁論の全趣旨より明らかであり、また、前記認定のとおり、控訴会社は本件建物の敷地及び隣接ビルを所有するほか他にも資産があり、弁論の全趣旨からみると、控訴会社は現在土木建設業を営み、何ら経営危機状態にはないことが認められ、控訴会社は本件報酬金を支払うのに十分な資力を有し、将来その支払を受けることが客観的にいちぢるしく困難であるとはいえない。したがつて、前記説示の点からみて、被控訴人にはいまだ有限会社法三〇条ノ三にいわゆる損害が生じたもの、ということはできない。

よつて、被控訴人の控訴人大久保に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当に帰する。

五以上のとおりであるから、被控訴人の控訴会社に対する本訴請求は全部認容すべきところ、これと同趣旨の原判決は相当で控訴会社の本件控訴は失当として棄却を免れず、被控訴人の控訴人大久保に対する本訴請求は失当として棄却すべきところ、これと異なる原判決は失当で、控訴人大久保の本件控訴は理由があるので、原判決中右の部分を取消すこととし、訴訟費用の負担については、控訴会社との間に控訴審において生じた訴訟費用につき民訴法九五条、八九条を適用して控訴会社の負担とし、被控訴人と控訴人大久保との間に生じた第一、二審の訴訟費用につき民訴法九六条、八九条を適用して被控訴人の負担として、主文のとおり判決する。

(安藤覚 石川義夫 高木積夫)

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